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大阪地方裁判所 平成3年(つ)4号 決定 1992年1月13日

主文

本件各請求をいずれも棄却する。

理由

第一  本件各請求の要旨

請求人は、平成二年一〇月二四日付けで被疑者らが後記第二犯罪事実とほぼ同旨の特別公務員暴行陵虐致傷罪及び特別公務員職権濫用罪を犯したものとして、大阪地方検察庁に告訴したところ、同検察庁検事黒田修一が平成三年三月三〇日、公訴を提起しない処分をし、右処分の結果は同年四月五日請求人に通知されたが、請求人は右処分に不服であるから刑事訴訟法二六二条により右事件を裁判所の審判に付することを求める。

第二  付審判請求の犯罪事実

被疑者立川公信及び同栗野勝彦は、いずれも大阪府泉北警察署の警察官として警察の職務を行うものであり、被疑者山村忠は、右泉北警察署長の委嘱により、少年補導員として警察の職務の補助をするものであるが、

一  被疑者三名は、共謀のうえ、平成二年七月二八日午後一〇時ころ、大阪府堺市鴨谷台二丁一番光明池アクトビル内パチンコ店「パチンコ光明池」店内において、少年補導の職務に従事中、当時一八歳の少年であった請求人に対し、その年齢を問うとともに免許証の提示を執拗に求めたところ、同人がその提示を断ったことに激高し、被疑者立川が、所携の懐中電灯で請求人の顎を数回殴打し、さらに同人を店外に連れ出すため、他の少年補導員六名と意思を相通じ、被疑者山村が、所携の懐中電灯で同人の顔面を一回殴打し、さらに被疑者山村及び少年補導員数名が、腕をひっぱる等して同人をその場に転倒させ、同人を椅子の上に仰向けに倒して、その腕、首、頭部等を押さえつけて椅子に頭部を強打せしめる等の暴行を加え、よって同人に対し、加療三日間を要する頭部打撲、顔面打撲の傷害を負わせ、

二  被疑者立川及び同栗野は、共謀のうえ、前記日時、右アクトビル先路上において、請求人を光明池駅前派出所に連行するため、何ら逮捕の要件が存在しないにもかかわらず、被疑者栗野が、請求人の腕を後ろから逆手に締め上げて逮捕し、もってその職権を濫用して同人を逮捕し

たものである。

第三  当裁判所の判断

そこで、本件付審判請求事件記録及び告訴事件記録を検討し、当審における事実取調べの結果をも考え合わせて、次のとおり判断する。

一  まず、被疑者らの身分について検討する。

被疑者立川公信が本件当時大阪府泉北警察署防犯課少年係長(警部補)であり、同栗野勝彦が同署防犯課保安係主任(巡査部長)であって、いずれも特別公務員職権濫用罪及び特別公務員暴行陵虐致傷罪における特別公務員の身分を有することは明らかである。

次に、被疑者山村忠については、本件当時泉北警察署長から委嘱を受けた少年補導員として警察署と連携して少年補導に従事していたことは認められるものの、本来少年補導員が、非行少年等の早期発見・補導及び少年相談、有害環境の浄化等を任務とする民間のボランティアであり、直接法律に根拠を置くものではなく、公務員としての身分も何ら強制的な権限も取得するものではないから、同被疑者は、前記各罪の主体である特別公務員の身分を有せず、右各罪が成立する余地はないといわなければならない。もっとも、同人についても、他の特別公務員との共謀が認められれば、前記各罪が成立するとの考えもあり得るが、後記のところからも明らかなように、右共謀をうかがわせる証拠はまったくないから、いずれにしても同被疑者について右各罪が成立する余地はない。

二  次に、本件の経過を請求人が供述する順序に従って検討する。

本件当日、被疑者立川及び同栗野の二名の警察官が、被疑者山村外七名の少年補導員と共に「パチンコ光明池」に立ち入って少年補導に従事中、立川において、並んでパチンコをしていた請求人とその仲間の少年三名のうち、請求人を高校生ではないかとの疑いをもち、同人らに対し、「君たち歳いくつや」と声をかけたため、請求人が「一八や」と応じたものの、立川が運転免許証の提示を求め、請求人がこれに応じなかったことから言い争いとなり、両者が至近距離で面と向かって口論しているうち、何らかの理由で立川が所持していた懐中電灯が請求人の顎付近に当たったため、直ちに請求人が、「何でわしをこづくんや、謝れ」と抗議したことは、記録上明らかである。

右の点につき、請求人は、立川から、懐中電灯のレンズの部分で顎の先を二、三回意識的につつかれた旨供述し、請求人の仲間三名もこれに沿う供述をする。一方、立川は、請求人が年齢のことで文句を言いながら立ち上がり、自分を見下ろすような態度で覆いかぶさってきたので、後ずさりして椅子に押し付けられ上半身が弓なりにのけぞったため、距離を保とうと思って顔の辺りに懐中電灯を持って行っただけで、仮に懐中電灯が請求人の顎に当たったとしても、請求人を殴るつもりなどなかった旨弁解し、他の被疑者や少年補導員らも請求人の供述に沿うか、懐中電灯が顎に当たった状況は目撃していない趣旨の供述をしている。ところで、請求人の供述する立川の暴行は、請求人の述べるところによっても痛みを感じないほどの軽微なものであり、もちろん傷害の結果は生じていない。パチンコを一緒にしていた仲間の少年三名は、請求人と親しい友人であり、他に右暴行の状況を目撃した客観的第三者は存在していない。請求人自身の供述も、検察官に対しては、立っているとき暴行を受けたと言いながら、当審の事実取調べの際は、座っていたと供述するなど一貫していない。また、立川の供述する事件の経過も、双方の言い争いにより請求人がかなり興奮していたと思われること、約一〇センチメートル立川より請求人の方が身長が高いことなどにより直ちに虚偽として排斥するのは困難である。以上によれば、立川が故意に懐中電灯で請求人の顎を殴打したことは認めるに十分でないというべきである。

三  以上に続く経過として、請求人が立川に対し、殴られたとして「謝れ」などと抗議し、外に出ろ、出ないと言い争いが激しくなったため、被疑者栗野や他の少年補導員、請求人の仲間らが加わってもみ合いとなり、パチンコ台の間の通路に被疑者山村や請求人ら二、三名が転倒したことが認められる。

請求人は、この間において、被疑者山村から「ええ加減にせい」と言われて懐中電灯で左頬の辺りを殴られたり胸倉を掴まれて椅子の上に引っ繰り返されたり、他の補導員からも顔や頭を数回殴られたりした(もっとも、山村以外の補導員の暴行については、はっきりしないとも言う。)旨供述し、請求人の仲間の少年らもおおむねこれに沿う供述をしている。一方、山村は、請求人を制止しようとしたところ、かえって請求人やその仲間に小突かれたり蹴られたりして転倒し、傷害を負った旨供述し、その旨の診断書を提出しており、他の被疑者や少年補導員らも山村ら少年補導員側の暴行について否定する趣旨の供述をしている。

ところで、右の山村の暴行についても、パチンコ店店員や他の客など客観的な第三者の供述中にこれを目撃したとする者はいない。なお、池添忠司は、請求人の友人ではないが、本件前より請求人やその両親と親しい者であるうえ、被疑者栗野が請求人を連行したことや立川が本件後請求人方でその両親に謝罪していたことについて、提出した陳述書と検察官に対する供述調書においてまったく異なる供述をしており、請求人が少年補導員らに暴行を受けた状況についての供述はにわかに信用することができない。また、請求人らと少し離れた場所でパチスロをしていた請求人の友人加治屋寿英も、提出した陳述書においては、立川が請求人の腕を無理やり引っ張り、請求人が床に転倒したことや、少年補導員らが請求人を椅子に押し付けたことなどを供述しているが、検察官に対する供述調書においては、早期に警察官に外に連れ出されたため、これらの暴行の状況を一切見ていない旨の供述をしている。

なお、請求人は、本件当日午後一一時五五分ころ、泉北記念病院に赴いて診察を受け、後頭部及び顔面の圧痛を訴えて、安静一日及び約三日間の湿布加療を要する頭部打撲、顔面打撲の診断を受け、同月三〇日にも再度受診していることは明らかであるが、右診断は患者の主訴によるもので、他覚的所見はなかったものと認められ、また、仮に請求人が診断書どおりの傷害を負ったとしても、その程度や前記の補導員らとのもみ合いの状況からすると、もみ合いの過程で右のような傷害が生じることも考えられないでもなく、直ちに山村らの故意による暴行を裏付けるものとはいえない。かえって、右傷害の程度は、いきなり懐中電灯で左頬の辺りを力強く殴られたという請求人の供述にそぐわないともいうことができる。

また、関係者の供述によれば、請求人が前記のもみ合いの過程において、椅子の上に立ち上がり、「服代を弁償せい」「どついたことを謝れ」などと大声で怒鳴っていたことが認められるが、請求人は、忘れるとは思われない自己の行為を当審における事実取調べにおいてもなお一貫して否定しており、不可解というほかない。なお、当時着用していたとして請求人が提出したシャツ(平成三年押第三二一号の2)は、右ポケットの辺りが破れるなどの損傷を受けているが、検察庁に提出されたのが本件から四か月近く後であることや、前記のもみ合いの状況に照らせば、仮に本件当時請求人が着ていたものであるとしても、山村らの暴行の事実を裏付けるものでない。

以上によれば、被疑者山村の請求人に対する暴行もまた認めるに十分でないというべきである。もっとも、本件事件発生後立川ら警察官側では何度も請求人の両親らと接触を図り、事件の約一か月後請求人の母親と電話で話した内容によれば、事の経緯については請求人らに非があるようなことを言いながら、補導員側にも行き過ぎがあり手を出したことを認めるかのような趣旨の発言をし、謝罪して請求人の治療費を支払いたい意向を示しているので、山村らの少年補導員の側にも右のもみ合いの際に何らかの行き過ぎがあり、有形力の行使に及んだ者がいた疑いはまったくないわけではないが、だれがどのような行為に出たかを客観的に明らかにすることはできないのみならず、少年補導員は特別公務員でないことは前示のとおりであり、さらに、右の電話の内容でも、立川は、警察官が暴行に及んだことは否定しており、少年補導員と立川ら警察官との暴行の共謀の事実も認めることはできないから、いずれにしても請求人が供述する少年補導員らの前記もみ合いの際の行動をもって特別公務員暴行陵虐致傷罪が成立するとすることはできない。

四  以上に続いて、請求人やその仲間の少年、被疑者立川や同山村ら少年補導員が話をするため泉北高速鉄道光明池駅の高架下を通って光明池駅前派出所に向かったことは明らかであるが、請求人の供述によれば、請求人がパチンコ店を出てビルの出口あたりまで来たとき、被疑者栗野からいきなり両腕を背中に回してねじ上げられ、そのままの姿勢で約五〇メートル歩かされたというのであり、請求人の仲間の中にも右の状況を目撃した旨の供述をしている者がいる。しかし、少年補導員やパチンコ店店員らは、請求人が補導員らと共にだれにもつかまれないで派出所に歩いて行ったとか、請求人が歩いて行った模様は見ていないとかの供述をしており、請求人の供述を裏付けていない。

ところで、被疑者栗野は、パチンコ店内で請求人と立川がもめていた際、加治屋寿英が向かって来て争いが拡大しそうになったので、同人を制止して光明池派出所に連れて行き、再びパチンコ店に戻ったが、そのときには既に騒ぎはおさまっており、請求人らは既に派出所に向かった後でいなかった、当時自分は、派出所を往復する経路として、光明池駅の階段を上がって改札口の前を通る道しか知っておらず、右の往復の際もその経路を通った、との供述をし、請求人の腕をつかむなどの行動に出たことを明確に否定している。そして、請求人の友人である右加治屋も、駅の改札口前を通って派出所に連れて行かれた旨の供述をし、右栗野の供述を裏付けている。以上によれば、右栗野の供述の信用性を否定するのは困難であり、その他の関係証拠をみても、請求人主張の逮捕の事実は認め難い。

五  以上のとおりであるから、被疑者らは、前記犯罪事実についていずれも嫌疑不十分であり、本件付審判請求は理由がないから、刑事訴訟法二六六条一号により、主文のとおり決定する。

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